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日蝕と占星術

投稿日:2017年5月29日 更新日:

皆既日蝕と邪馬台国の滅亡

卑弥呼の晩年である西暦247年3月24日と248年9月5日に、2年連続で、この日本で皆既日食が起きたことが分かっています。
これが原因で、卑弥呼は邪馬台国の女王としての権威を失い、失脚したのではないかと言われています。
邪馬台国の興亡はいまだに謎が多いですが、この卑弥呼の失脚が邪馬台国の命運を傾けたのは間違いないでしょう。卑弥呼と邪馬台国を破滅へと導いた原因の1つが、おそらくは皆既日食であったと思われるのです。

日蝕と恐ろしい儀式との関係

日蝕は長い間、人類にとってもっとも恐ろしい天変地異の1つでした。
太陽を神とあがめる地域や民族も世界各地に存在していました。日本も弥生時代~卑弥呼の時代、稲作文化が始まったころから、太陽を神聖なもの、神と見なしていたのは間違いないと思われます。その太陽が欠けるのですから、世がひっくり返るような一大事だったと思われます。
古代の人々にとって日蝕とは太陽の死であり、世界の消滅も暗示していました。そのため日蝕をめぐっては太陽の蘇りを願って、世界各地でさまざまな宗教儀式が行われていました。
代表的なものではメキシコ中央部・アステカ文明の終末思想があります。アステカでは、いずれ太陽が死滅するという考えがあり、人間の心臓を生贄として神に捧げれば、太陽の消滅を先延ばしできると考えられ、生贄の儀式が行われていました。
日蝕が起きれば、古い支配者を廃し、新たな支配者をたてるようなことも頻繁に行われました。邪馬台国も、同じようなことが起きた可能性があります。

蝕の原因はドラゴンポイント

簡単に言えば、日蝕は、太陽に月が重なる現象です。
太陽の通り道は黄道、月の通り道は白道です。この二つはぴったりと重ねってはおらず、2点で交わっています。この交点がドラゴン・ヘッドとドラゴン・テイルで、この2つのポイント近くで新月か満月が起きると、蝕が起きます。 もし、太陽と月がまったく同じ軌道を通るのであれば、新月、満月のたびに蝕が起こっていました。しかし現実には、黄道と白道は2点でしか重なっていないので、蝕はドラゴンポイント付近でしか起きないというわけなのです。
通常の新月の時、太陽と月はかなり接近していますが、完全に重なっているわけではありません。しかし、太陽の光がとても強いので、月の姿が消えてしまいます。新月をご覧になったことがあると思いますが、輪郭だけがうっすら分かる黒い月、それが新月です。
ドラゴンポイントで新月が起きるのが、日蝕です。月が太陽の上に完全に重なります。月は真っ黒い影となって、太陽を隠します。
ドラゴンポイント近くで満月が起こる場合、月蝕が起きます。この時、太陽と月の間に、地球が入り込むという位置関係になります。
月蝕では地球が太陽の光を遮り、地球の影が月を覆います。月はいつもの満月の輝きがなくなり、赤黒い色に変化しますが、完全に消えて見えなくなることはありません。
月蝕は日蝕と違って、月が見える場所であれば、地球上のどの地点からでも同時に観測できます。

蝕は占星術ではなく、魔術が担当した!?

日蝕と月蝕は天体を観測する者からしたら、大異変でした。しかしなぜか、現代占星術では、積極的に蝕について取り扱うことはないようです。
太陽と月は、占星術ではもっとも大切な天体です。その大切な天体に異変が起きるのは、もはや占星術の領域を超え、オカルト的な扱いとなり、魔術や秘術が担当することになってしまったのかもしれません。
日蝕はソーラーエクリプス(eclipse)と言われますが、日蝕は星蝕であり、星蝕は掩蔽(えんぺい・Occultation)とも呼ばれます。これは「オカルト」の語源です。
掩蔽とは、近い天体が大きく見え、遠い天体を完全に隠してしまう場合に使われます。 日蝕も構造的には、掩蔽です。

古代ギリシャでは蝕の科学的な研究も

古代ギリシャのプトレマイオスは、歴代の天体観測の研究成果に独自の観測結果を加え、紀元前2世紀半ばに「アルマゲスト」を著しました。
これは現代の計算と遜色のない、日蝕についての結果が得られることが分かっています。

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